2014年 10月 29日
☆チャーリーブラウンの歌☆
正確な題名は ”チャーリーブラウンの歌” らしい。
しゃぼんだまのように~どこかでうまれて~
恋をしている心がてんでかわいいチャーリーブラウン~~♪
時折頭の中に湧いてきて歌ってしまう。
文化服装学院に居た頃、フォークソング部のみんなと歌っていた歌。
色々な年代の友達誰に聞いても知らないみたい。
インターネットの検索にはひっかからない、きっと古すぎて。
誰か知ってたら、知ってるよーと話しかけてね
それがどうなの?という感じですけれど、なんだか嬉しいもの、きっと。
ひとつだけ、youtubeで
少年たちがギターを弾きながら歌っているのがあって
懐かしい~気持ちになりました。
歌詞もどこにも載っていなくて・・
と、そこでふと思い出す。
ギターを抱えて毎日のように歌っていた若い頃の
手書きの、コード入りノートのことを。
あったあった。わーい。

そうそう・・ギターの弦、張り替えなければ~。
ところで、コメント欄に画像認証が導入されたようです。
面倒だけれど、よろしくお願いします。
コメントはいつもお待ちしています。
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チャーリーブラウンのそのうた、今もあるハーモニーセンターという乗馬キャンプサークルでいつもキャンプファイヤーの時、歌っていたうたです。
懐かしくて検索してみたらここがひっかかって感動しました。
懐かしくて検索してみたらここがひっかかって感動しました。
1
> おひさま野原さん
うわぁ。
ご存じでいてくださった方が
話しかけてくださるとは!
なんて嬉しいんでしょう。
そしてもしかしてまだ今も
キャンプファイヤーで
歌われているかもしれないなんてね。
コメントくださってありがとう。
こちらこそ、感動しちゃいました。
~~ありがとう~~~~。
うわぁ。
ご存じでいてくださった方が
話しかけてくださるとは!
なんて嬉しいんでしょう。
そしてもしかしてまだ今も
キャンプファイヤーで
歌われているかもしれないなんてね。
コメントくださってありがとう。
こちらこそ、感動しちゃいました。
~~ありがとう~~~~。

金子詔一さんは「今日の日はさようなら」の作者でもあります。ポニーキャンプを実施しているハーモニィセンターの初期のスタッフでした。2025年4月1日に83歳で亡くなられました。
「チャーリーブラウン」が団体の外でも歌われていたことには驚きました。ハーモニィセンターのYouTubeチャンネルがあるので、ご覧になって下さい。
「チャーリーブラウン」が団体の外でも歌われていたことには驚きました。ハーモニィセンターのYouTubeチャンネルがあるので、ご覧になって下さい。
> たくさんさん
コメント、ありがとうございます。
私がリンクを置いている、二人の少年のギターと歌の所に
==今も歌い継がれているハーモニィーソングから==
と書いてありますね。
ハーモニィーソングが何かを知らなかったので読み流していました。
金子詔一さんのこともハーモニィセンターの事も
色々、検索して見せていただきました。
"今日の日はさようなら"は、
ハーモニーサークルの歌として作られたものだったのですね。
専門学校の時のフォークソング部では
舞台の上で、軽くステップなど踏みながらみんなで歌う、
シングアウト と言う時間があって
その際に、色々な歌を、先輩が教えてくれて楽しんだのでした。
スングアウト の時間に歌った歌は
水色の街
Five Hundred Miles
もしもボクの背中に羽根が生えてたら
これが僕らの道なのか…などなど
そして、チャーリーブラウンの歌。
だれも説明してくれたりしなかったので
誰の歌であるかなどわからないながらに
インパクトがあって、ずっと覚えていた歌です。
検索したら
ハーモニーセンターの誕生は1976年
ちょうど私たちが先輩に教わって歌っていたのはその1年前くらいでした。
ハーモニーサークル、としての活動が始まったころに
フォークソング部の先輩たちの中に参加していた方が
いらしたのかもしれませんね。
コメント、ありがとうございます。
私がリンクを置いている、二人の少年のギターと歌の所に
==今も歌い継がれているハーモニィーソングから==
と書いてありますね。
ハーモニィーソングが何かを知らなかったので読み流していました。
金子詔一さんのこともハーモニィセンターの事も
色々、検索して見せていただきました。
"今日の日はさようなら"は、
ハーモニーサークルの歌として作られたものだったのですね。
専門学校の時のフォークソング部では
舞台の上で、軽くステップなど踏みながらみんなで歌う、
シングアウト と言う時間があって
その際に、色々な歌を、先輩が教えてくれて楽しんだのでした。
スングアウト の時間に歌った歌は
水色の街
Five Hundred Miles
もしもボクの背中に羽根が生えてたら
これが僕らの道なのか…などなど
そして、チャーリーブラウンの歌。
だれも説明してくれたりしなかったので
誰の歌であるかなどわからないながらに
インパクトがあって、ずっと覚えていた歌です。
検索したら
ハーモニーセンターの誕生は1976年
ちょうど私たちが先輩に教わって歌っていたのはその1年前くらいでした。
ハーモニーサークル、としての活動が始まったころに
フォークソング部の先輩たちの中に参加していた方が
いらしたのかもしれませんね。
by gaya-san
| 2014-10-29 20:34
| 発見・感動いろいろ
|
Comments(4)